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園のあゆみ

1947(昭和22年)

秦泉寺 幸先生が、ご主人の深いご理解と近隣の主婦のご協力のもとに、木造平家住宅の借家に保育所的な規模で「子ども園」として発足したのが当園のスタートとなりました。

当時は、物資も少なく人々は戦後の苦渋に明け暮れていた時代です。秦泉寺園長先生は地域社会の子どもの育成のため、私財を投じて施設の増改築、ホールの建設など献身的なご苦労の連続の時期が続いておりました。

翌23年3月には、第1回の卒園児15名が巣立ちましたが、入園児は年々増加の一途をたどり、昭和46年4月に天神町幼稚園として移行するまでに1180名の卒園児を送りだしました。

園創設以来、秦泉寺園長先生の献身的な努力が続きましたが、社会状勢の推移や周囲の状況の変化から、保育園の認可を返上し、あえて創立の理念と本当の子供達の教育を守るため、 一時期、山田良作先生に園長の職務を託されましたが、やがて山田 良作先生が郊外に転出されることになり、再び園長職に戻られ、子供達のためにご奉仕の日々が始まりました。

1971(昭和45年)

現在地に園舎を新設、府中天神町幼稚園として都知事の認可を得、河内 守治園長を迎え、秦泉寺 幸先生より引継ぎ移行したのが現在の幼稚園です。

1975(昭和51年)

河内 守治園長はご老令のため退職され、現在の幼稚園の設置者である中田 匡俊園長先生が園長職を引継ぎました。クラス編成は、当初、4才児、5才児の2年保育として6クラス編成、240名で発足いたしました。

1976(昭和53年)

2クラス増設して、8クラス編成となる。

1981(昭和56年)

3才児保育を開始。

1982(昭和57年)

園児の通園区域も広範囲になり、送迎バスの運行を始める。

1984(昭和59年)

2クラス増設、5才児4クラス・4才児4クラス・3才児2クラスの10クラス編成となる。

1988(昭和63年)

府中市都市計画により幼稚園の土地も大幅にせまくなりました。これにより園舎の諸設備を完備し、近代的施設に生まれ変わりました。

1994(平成6年)

保育室を2部屋増設し、5才児4クラス、4才児4クラス、3才児4クラスの12クラス編成となる。

2010(平成22年)

学校法人中田学園となる。卒園児は4860名になる。
本園庭を芝生にする。

2011(平成23年)

第二園庭を芝生にする。


 

今後とも、園の基礎内容を一層強固なものとして、地域社会の要望にお応えすべく努力してまいりたいものと存じます。

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